雨の那覇。

 雨の中、那覇市内を散策。県立博物館で沖縄の歴史の勉強しました。

 琉球王国時代から島津藩に侵攻され、その後沖縄県となり日本の一部に。大日本帝国が中国、東南アジアに侵略戦争を仕掛けた事から太平洋戦争に。立地的に狙われ戦場になり、敗戦から1972年に返還されるまで27年間アメリカ合衆国に統治され、再び日本に返還されても本島の15%はアメリカ軍の基地として使用されています。

 何の非もない島民の1/4の命を戦争の巻き添えにしてしまった…。

 

 国と国との話し合いは終わっているにしても、沖縄県民に償う上で戦死者の追悼と平和を祈ると同時に、やってしまった事への反省の意を続けるしかない。

 慰安婦像なんか率先して日本が維持管理して平和を長続きさせて欲しいものです。

 

 雨の止んだ昨夜はジョギング中に那覇市内の運動公園で、キッズのトライアスロンスクールも営むチームゴーヤーを発見。シャワーも有る、冬の海を泳ぐポイントを教えてもらいました。夏の岩手の海より確実に温かいですし、冬のトライアスロンのキャンプは最高です!

新旧の繁華街。

 合併して沖縄市になったコザという地域。夕方になると嘉手納基地のゲートから、中で働く労働者達が永遠と出てきて大渋滞。圧倒的な雇用を創出しています。

 昔は米兵達で栄えた繁華街に人は少なく、コーストタウンでして歩くのも怖い位で、日本とは思えない光景です。

 

 変わって那覇国際通りには、若い観光客でごった返していて、ゲストハウスには台湾、韓国、中国の10代の若者だらけ。

 1000円台で泊まれる宿泊施設やユニクロなんかもそうですが、今では日本はお手軽な観光地なのかもしれません。

 爆発的に増えた外国人観光客は、相対的な物価の差が無くなった事が要因なのは間違いありません。

 ちなみに中国人は日本で車を運転出来ないそうで、イオンのショッピングモールには観光バスがズラリと並びます。

 

 さて明日は雨でして、ゆっくり那覇の街を歩いて、宮古へ飛ぶ準備をしようと思います。

 

 

 

 

 

地域によって全く異なる人間模様。

 朝に軽くジョギングして、シャワー浴びて出発。次の地まで移動して宿に入り、夕方に観光ランニング。初めての地での2、3時間はあっと言う間です。

 

 名護から今帰仁、古宇利島と回り、ヤンバルの森を一回りドライブしてから、宜野座、恩納とリゾート地を経由して、上半分の自然を満喫して来ました。

 

 ここから南は遺跡や戦争、軍隊、復興とディープな人種のるつぼと化した歴史や文化の地。ここ数百年で大きく様変わりさせて来た事を痛感します。

 ジョギングで東西の海岸まで、半島をあっと言う間に横断出来るほど小さな島国で、島外の要因であまりにも短い時間で起こった複雑な出来事。市町村によって全く異なる人間模様が見え隠れしています。島の人々だけに押し付けるのは余りにも酷な様な気がします。

 

 

沖縄での生活が始まります。

 鹿児島と違い、沖縄は暖かい!しかし今日はあいにくの雨、田舎町の名護市にチェックインして、自宅の様にくつろいでいます。

 昨日の朝の船中から断食中でして、最近の夜のアルコールと運動不足をリセットしようと、初めての挑戦です。一日半ぶりに食事を取ることにします。さて何か変化が現れるでしょうか?

 

 沖縄の事は何も下調べして無いのですが、特に観光する事も無く、じっくりトレーニングしながら、暖かさにも慣れて行きたいと思います。100キロマラソンの地、宮古島へは飛行機での旅となるので計画もしないといけません。

長い船旅。

 志布志港から桜島までの、のどかな田園風景。火山灰の降り注ぐ水はけの良い大地は、お茶、様々な野菜、畜産と組み合わせて、効率的とは言えませんか、持続可能な工夫がされているのでしょう。浜松で見た、広大な砂丘を使った効率的で産地化された、玉ねぎ畑とは対照的です。

 桜島のスーパーの野菜は全て鹿児島産という所が物語っています。

 唯一、外国産のバナナと青森のリンゴがずらりと並んでいまして、地域特有の作物の可能性を感じました。北上のスーパーでこの時期ミカンがずらりと並んでいる事が思い浮かびます。

 

 桜島カルデラの勉強をしまして、周囲をジョギングして固まった体をほぐして、また船に乗りました。いよいよ沖縄上陸です。

東海地方の摩訶不思議。

 グーグルマップのナビの容赦ない厳しい計画に戦いを挑みました。コンビニやスタンドで休む事は許されません。

 70万人も人のいる静岡市を後にして、第一、第二名高速道路の間を走る国道1号線をひた走ります。ここは旧道とは別にバイパスが有り、東北とは違いノンストップで信号は無く、インターチェンジで下道に降りれます。そう、どう見ても第三東名で、そのまま23号線までもバイパスが繋がり、一部を除いて無料の名阪国道まで300キロ以上続き、何と何をバイパスしたのかさっぱり分かりません。

 時間が無くなり、大阪の高速道路に入りましたが、今度は数キロ毎に管轄が違うからだと、3回も料金所で徴収されましてバイク乗りには大忙し。道路料金の意味が全くよく分かりません。

 

 何とか無事にフェリーの時間に間に合い、朝には鹿児島です。

歴史に学ぶ。

 年末最後は昭和記念公園で10キロ、今年のトラック練習の集大成のつもりでしたが、病み上がり1週間ぶりのランニングとなりました。しかし、周回コースで一色恭志選手や下田裕太選手、大学生達と一緒に走るのは刺激になり、箱根駅伝の観戦もより身近になります。

 

 年末年始はゆっくりと走り溜め、普段見ないテレビを見て過ごしました。

 歴史から学ぶ事は大切でして「精力善用」「自他共栄」生涯を通して嘉納治五郎の進むべき道を示し続けた理念は、柔道を世界に導き、日本に於けるスポーツの道を切り開いた。

 分からない先先々の事を一生懸命考えるよりも、生涯を通して迷わす理念を貫く事が、いかに大切で幸せな事か。

 探すべきはそういう事の様な気がします。

 

 そして今日からはバイクで旅しながら、旅ラン。駅伝の往路を楽々と乗り切りまして、静岡に入りました。